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瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.17 広島 前編(ひろげる)

かつては、西日本の交易の中心だった瀬戸内。そんな瀬戸内エリアには、新たな食にまつわる活動や動きが生まれつつある。今回の取材では、瀬戸内の各県を巡り、「つくる人」「ひろげる人」という視点から、各地のプレイヤーの取組みを発信し、食文化を発展させていくヒントやきっかけを見つけ、ネットワークを構築していく。

 

今回は広島県のプレイヤーに会いにいく。徳島県美馬市で建築設計の仕事を営む高橋さん、そして兵庫県神戸市でカメラマンをしている岩本さんと車を走らせる。

 

私にとっては、これこそがThis is瀬戸内の景色


前泊した尾道から西へ向かう。朝の海岸線はとても気持ちよく、海の向こうには島々が並ぶ。30分ほど走り到着した場所は、まさに目の前に海が広がるという表現がふさわしい、最高のロケーションのお店だ。

「ここ自体はもともと造船所の跡地で、私にとってはこれこそがThis is瀬戸内の景色ですね。やっぱり海が近くて、食材も非常にいい場所というのは魅力だと思っています。でも小さい頃にそんなことは感じていないじゃないですか。なんだかなと思ってましたよ。」

気さくな話口調で当時のことを教えていただいたのが、竹原市で農業(自社ぶどう畑)、そして三原市でワインの醸造やレストランを営む、瀬戸内醸造所代表の太田祐也さんだ。今回はひろげる人としてお話を伺う。太田さんは、生まれは三原市だったが高校では違う街へ、そして大学も東京へ進学した。在学中に地域創生のコンサルティング会社を立ち上げ、地域に人やお金の還流ができればと全国を飛び回った。しかしある時から、ふとした感情が湧き上がるようになる。

「地元のためになることをやれという祖父の遺言がありました。コンサルティングをしていく中で、もちろん計画に意味はあるのですが、耕作放棄地は減らないわけですよ。料理とか食材がどんどん失われていくっていう危機感があって。もっと生産者さんや地域と近くて、自分たちと一緒にプロジェクトを組めるような仕事をしたいなって思うようになったんですね。そうしたきっかけで生まれたのが、瀬戸内醸造所です。」

太田さんは地元に戻り、自ら拠点をつくることを決めた。

 

ワインという世界共通言語で、テロワールを表現する


ある調査によると、旅行の目的は食が一位になるそうだ。太田さんは、瀬戸内には食で人を呼びこめる力、そして食に落としてもらえる金額がまだまだ弱いと話す。

「農家さんにも付加価値を返しながら、海外の方も納得できるような食事を提供していきたいと思いました。実は瀬戸内ってブドウの一大産地で、そこで考えたのがワインです。ワインって世界共通言語なんですよ。その土地のテロワール(風土)がきちんと表現できるし、食事と会話を楽しみながら飲むことができます。瀬戸内全体をワイナリーとして考えて、瀬戸内を旅するワイン、旅するワイナリーというコンセプトでやらせていただいています。」

瀬戸内醸造所では、2019年からワイン、その次にリンゴを使ったシードルをつくりはじめた。広島県に限らず、瀬戸内域内のブドウやリンゴを使うことで、各地の特色を感じることができる。また、ワイナリーと同じ敷地内には、ワインと瀬戸内の和食やフレンチといった要素を組み合わせた、ワインに合うSETOUCHI料理のペアリングを楽しめるレストランや、ワインショップが併設されている。太田さんは、食べることだけが目的ではなく、食を体験しに来ると思ってもらうことが重要だと話す。そうした場をつくるためには、生産者とのいい関係性も必要不可欠だ。

「我々の考え方として、瀬戸内の域内フェアトレードというのがあります。フェアトレードっていうと、海外との貿易の話のように思われがちですが、地域で買い叩かれてる人がたくさんいることを意外に見過ごしています。私はビジネスではなく生業という言葉を使いますが、生業として繋がっていくための、食のプラットフォームでありたいなと思っています。地域の一員として、フェアトレードをきちっとやっていきたいですね。」

食の体験として、数だけを追うのではなく、付加価値をつけることで誰もが生業として成立する形を模索している。

 

経済を循環させ、次の世代に継承していきたい


今後、取り組んでいきたいことはあるのだろうか。

「我々は生産者さんと密接な関係性があるので、アグリツーリズムを通じて瀬戸内を体感していただきたいと思っています。実際に畑を見ていただいて農業の体験をしたり、醸造なども体験をしていただいたり――。長期間滞在をして、地域に入り込みながら食に触れ合えるコンテンツをつくっていきたいですね。」

コロナ禍により、進めていくことが難しかった交流体験が次の一手だ。農業だけでなく、直接水揚げされた魚をレストランで提供していくような構想もあるそうだ。今後の話を教えてくれる太田さんの楽しそうな表情に惹かれていく。最後に、太田さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?

「食文化というのは、その地域に根ざした、まさしくこの土とか、気候とか、農家さんが培ってきた技術だと思うんですね。そうしたことを消費者と繋いでいくのが我々の仕事だと思います。醸造家も、料理人も、翻訳者なんです。一次産業のことをちゃんと知って、その魅力を、生産者たちが思っているよりも上の段階で出していかないといけない。そして経済の循環ができれば、生業として次の世代に継承ができて、その地域の食文化やテロワールを表現できるような仕組みができてくるのだと思いますね。」

私の人生のテーマは継承ですと話す太田さん。自分の畑に手が回らないとき、何も言わずに面倒を見てくれる人たちが周りにいてくれるという。そうした方への恩返し、そして共栄共存。瀬戸内醸造所の取り組みはこれからも続いていく。

 

・おまけコラム「広島県の郷土料理」

今回の取材は、「各県の郷土料理を食べる」というテーマをいただいている。取材が進むにつれ、県単位で考えることに限界を感じていた。プロ野球選手と言えばというお題で、巨人の選手を挙げたら広島ファンに違うだろと怒られそうなのと一緒だ。しかし決めなければいけない。そうして選ばれた、今回の取材最後の郷土料理がこちら。

……白飯?そう思ってもらえた方は、かつての庶民たちから喜ばれるかもしれない。こちらは『うずみ』と呼ばれる郷土料理だ。江戸時代の倹約政治により、ぜいたくが禁止されたことから、具をご飯の下に埋めて食べたことに由来するという。そういえば、お隣岡山県のばら寿司も同じような歴史があったことを思い出す。いつの時代も、庶民は理不尽な世界に巻き込まれてきた。しかし、そこから生まれてきた知恵は、様々な困難に立ち向かおうとする現代人にも勇気を与えてくれる。

通常は瀬戸内のいりこ出汁をかけて食べるそうだが、今回のお店ではかつおのしっかり効いた出汁をうずみにかけ、下からすくい上げる。そうすると、出てくる出くる海の幸やら山の幸やら――。出汁や米と一緒に口の中へ。うまい。やっぱり今日もうまかった。身体に染み渡る。今回9つの県で食していった中で、共通点もあるような、独自に発展したものもあるような、独特の距離感や関係性で発展してきたことを感じた郷土料理巡りであった。そうした関係性は、まさにこれからの瀬戸内エリアで育まれていってほしいと願うものであるような気がした。

 

 

記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。

より詳しくご覧になりたい方はこちらから。

文:鶴巻耕介

写真:高橋利明