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瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.5 愛媛 前編(ひろげる)

かつては、西日本の交易の中心だった瀬戸内。そんな瀬戸内エリアには、新たな食にまつわる活動や動きが生まれつつある。今回の取材では、瀬戸内の各県を巡り、「つくる人」「ひろげる人」という視点から、各地のプレイヤーの取組みを発信し、食文化を発展させていくヒントやきっかけを見つけ、ネットワークを構築していく。

今回は愛媛県のプレイヤーに会いにいく。徳島県美馬市で建築設計の仕事を営む高橋さん、そして兵庫県神戸市でカメラマンをしている岩本さんと車を走らせる。

ローカルにいるのだから、ローカルの仕事をしたい

松山市内から車を走らせ南西へ1時間強。いくつかの山を越えながら、西予市内へ。山々に囲まれた田園風景に心が和む。今回は、ひろげる人の取材として、実家にお邪魔した。

「生まれ育ったのはこの場所です。田舎です。高校生の時、少し洒落たこともしたいということで、デザインの世界に興味を持ちはじめて。その当時、本屋さんが1軒だけで、そこにあるデザインの本も1冊だけ。それがAXISでした。半分英語じゃないですか。やべーかっこいいと(笑)、とにかく新鮮でしたね。」

気さくに、正直に、その当時の様子を語りはじめてくれた二宮敏さん。松山市にデザイン事務所を構える、株式会社NINOの代表だ。小学校から高校時代まで福祉施設に関わり続けていたという素地もありつつ、建築の専門学校へ。大阪に上京しクラブDJをする中で、イベントのフライヤーを作る際のグラフィックデザインを学び、デザインの世界に少しずつ入っていく。卒業後に松山に戻り、ラフォーレ原宿・松山というファッションビルのカタログ制作の手伝いなどをしていく中で、仕事が広がっていく。

「グラフィックデザインをやっていると、ブランディングっていうのがあるぞと聞いて。そうなるとブランディングの勉強もする。まだ全員20代前半の時代ですが、コンビニのスイーツのブランディングとか、東京の仕事もガンガンやらせてもらえるようになりました。でもそこでちょっと違和感が出てきたんですよね。ローカルにいるのにローカルの仕事が全然できてないなと思って。やっぱり愛媛でちゃんとやりたいっていう話になり、会社を立ち上げたのが2013年です。」

そこから、もともとやりたかった地域のことや、高校時代まで没頭した福祉のことにも携わりたいという思いを形にし、デザインという切り口で伴走してきた。

 

新しい食の取り組みを、一つの場所で可視化する

そうした活動を展開する中、ある時一本の連絡が二宮さんに入る。古くから松山市のランドマークでもある、松山三越からだった。

「三越に行くっていうことが、僕ら世代はもうないですよね。おばあちゃんたちが行く場所といいますか。何年も前から、本当に潰れるぞっていう噂が何回も出てたんです。そうだよなぁと思っていましたね。そうしたら、松山三越の社長が訪ねてきて、地域と百貨店って可能性ないですかという話をいただいて。実は私の祖父は宮大工で、松山三越に携わっていたんです。もう動くしかないと。」

実際にNINOも関わり、テナントやホテルが少しずつ決まっていく中で、スーパーが決まらない。そこで、なんと二宮さんは新たに会社を立ち上げ、スーパー部分を引き受けることにする。それが、『THE CENTRAL MARKET』だ。

「一緒にやろうかって言ってくれたのが、東京を中心にスーパーを展開している福島屋の福島会長です。新しい取り組みを進めることが、地域にとっても、業界にとってもいいんじゃないかと。食に関する問題点が多くなる中で、例えば技術開発や、環境や医療の専門家たちからも、それらがきちんと考えられた場所とか売り場がいるよねっていう思いが一致して。今までちょっと歪んだり、ずれたりしてきたものを少し整え直していくことが、本当に美味しいということに繋がるのではないでしょうか。自分たちなりの美味しいという基準は、食べることもそうだし、空気感とか、そういうことを含めた場所を作るということで、それがコンセプトでもあります。それをやり通すためには、一つの場所で常に可視化されていく必要があり、松山で実現させたいんです。」

photo by Hiroaki Zenke

 

地域の生活は、食を軸にして全部決まっている

今後、THE CENTRAL MARKETはどうなっていくのだろうか。

「地域の人が地域の魅力を知って、地域で生きること、生活することが楽しくなることが第一です。それを見た観光客の人たちが、ここに魅力を感じて行ってみようというステップを踏まないといけないなと。やっぱり訪れて楽しい場所って、そこで暮らす人たちが楽しんでる場所だと思いますし。それを食の文脈でやりたいですね。」

実はこの質問に対しては、具体的な手段もたくさん教えていただいた。タブロイドなどを使ってしっかり伝えていく、コミュニティスペースという手法で裾野を広げる、地元の農家や商店の商品開発、そして物流をサポートする、など。しかし、すべてはこの二宮さんの言葉に繋がっていくような、そんな気がした。そして、百貨店という存在意義にも納得させられる。

「百貨店って、今は目的を持って行きますけど、昔は、あそこに行ったら何かいいものが見つかるかもって心躍る場所だったような気がするんです。やっぱりそういう場所ってすごく大事だと思っています。スマホには自分の好きなものしか出てこないし、視野が狭くなってしまっている。偶然に出会うという場をもう1回百貨店につくれたらいいですね。」

これからも、THE CENTRAL MARKETの挑戦は続いていく。最後に、二宮さんにとって、『食文化』という言葉をどう捉えますか?

「地域の生活そのものですよね。それぞれの地域における食文化はイコール生活なので、すべてに知恵が詰まっていて。食を通して、食を軸にして全部決まってるような気がします。食べるために働いているし、食べるためにこの空間にいるし、食べるために道具を作ります。それが丁寧に紡がれてきていて今があって、食文化って生活そのものだなと思います。もう1回しっかり深掘りしていきたいですね。」

百貨店という非常に大きな枠組みの中で挑戦を続ける二宮さんだが、目に映っているものは、幼少期の原体験である一つ一つの食卓や、父親と汗をかいた稲作の風景なのではないだろうか。取材場所から見えた干し野菜を、やさしく見つめる二宮さんの表情が印象的だった。

 

●おまけコラム「愛媛県の郷土料理」

今回の取材は、「各県の郷土料理を食べる」というテーマをいただいている。今回は、私と岩本さんが取材をしている間に、高橋さんに食べに行ってもらうというフレキシブルな技を披露。ここからは、高橋さんのレポートをお楽しみください。

Photo : Toshiaki Takahashi

宇和海で育った新鮮な鯛の刺身を使った『宇和島鯛めし』。一匹丸ごと焼いた新鮮な鯛を、ふっくらご飯と一緒に豪快に炊き込むのに対し、愛媛県西南部の宇和島地方独特の食べ方です。鯛の切り身を、醤油、玉子、だし汁などをまぜたタレに漬け込みます。漬け込んだ鯛をそのままアツアツご飯にのせて食べると、口いっぱいに鯛の甘みと旨さが広がりました。本当はゆっくり味わうものだと思いますが、美味しさのあまりついつい一気にかき込んでしまい、幸せな時間を過ごしました。

 

後編に続く。

 

 

記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。

より詳しくご覧になりたい方はこちらから。

文:鶴巻耕介

写真:岩本順平