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瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.12 大分 後編(つくる)

瀬戸内各県で生まれ始めている、新たな食にまつわる活動や動きを展開している方々を訪ねていくレポート。今回は大分県の後編です。

 

(前編はこちら

 

 

養蜂の転換期に、家業を引き継ぐ

別府市から南に車を走らせ、山を越え内陸部に入っていくと、大分の真ん中と呼ばれる由布市に辿り着く。

「この場所には、小学校6年生の頃に引越してきました。両親が養蜂で生活していたのですが、継ぐつもりは全くありませんでした。親の大変さをいっぱい見てましたから、これだけはしたくないと思っていましたね。」

そんなことから正直に教えてくれたのが、枝次養蜂園の枝次秀樹さん。今回はつくる人としてお話を伺う。枝次さんは、地元の大学を卒業した後に東京で就職し、印刷屋のデザインの仕事や写真家になろうと活動していたが、ある時体調を崩してしまう。自分の身体を治す中で気功や禅の考え方と実践方法に出会い、活路を見出していこうと模索していた時に、実家から連絡が入る。

「自分の状況が落ち着いてきたので、お寺に入って本格的な修行をというときに、今度は父親が体を壊しました。それで、一時的に戻って手伝って、落ち着いたらまた向こうへ戻ろうと思っていたんですよね。蜂をしたくてっていうよりは、生活をするため。ただ自営業なので、修行に行くのに多少都合が良かったといいますか、時間が取りやすかったということもありましたので。」

そうしたきっかけではあったものの、当時は養蜂の世界も大きな転換期を迎えていたことで、枝次さんは新たな取り組みを進めていくことになる。

 

一つ一つの味が違うことを、強みに変える


枝次養蜂園では、イチゴなどの受粉交配用の蜂の取り扱いや、自社で採蜜したはちみつの販売を行っている。養蜂を続けるにあたり、厳しい部分はやはり経営だ。

「長年、はちみつの価格が据え置かれてきたために、生産者が生き残っていけません。イチゴの農家さんや、近隣の農家さんも含めて、生産に携わっている若い人たちが自身の生活が安定できる農業にしないと。自然相手の不安定さと共に責任も重い分、いい生活ができて、子どもも育てられ、家も建てられるぐらいじゃないと変ですよねって話はよくしますね。」

こうした金銭的な課題以外にも、養蜂の世界では、担い手が激減していたり、農業の変化から蜜源が減ったりと、様々な課題に直面しているという。蜂も含めた、受粉に貢献している生き物が地域にいなくなるというのは、生態系にとっても大きな問題である。そうした背景の中、枝次さんは独自ではちみつの価格を決めて、県外に売るような試みも行ってきた。しかし、ただ高く売るだけでは説明がつかないことや、本来は自然のもので味のばらつきが当然あるはずのものが、それを理由に品質が悪いと思われてしまうという難しさもあった。そうした中で、枝次さんは味が違って当たり前という側面を、強みに転換させていく。

「一つ一つ味が違うことに気付いてもらう、という企画をやりました。取れた場所、時期、蜜源、いろんな条件の中で採れた蜂蜜を並べて試食してもらったんです。10人いたら、10人全員が味の違いが分かるんです。また、好みもだいたいこの辺に集中するだろうと思ったら、綺麗に分かれたんですよね。その時のことをヒントに、ミニ3本セットのような味の違いを楽しんでもらう形に変えていきました。」

当時から、蜂蜜はお客さんから内容について不信感を持たれる事が多く、本当にこれは国産で混ぜ物が入っていない本物なのか、本当にあなたが採ったのか、と問われることが多かったそうだ。そうした中、敢えて自主的に採れた場所を明記していくことで、ブランドの信用や、商品価値を高めていった。

 

二度と味わえないという意味を知ってほしい


今後、取り組んでいきたいことを聞いてみた。

「受け取る側のあり方も問われるとよいですね。例えばはちみつの食べ比べも、私には分かりません、と食べる前にみなさん言われるのですが、思っていることと違って、食べたらその時の味が分かります。自分の本質的な働きとして、そういった確かなことがあることに気がつかないために、いろいろな迷いが起こっていたり、どうしていいか分からない状況があると勝手に思い込んでいたりするのではないでしょうか。ひとつのツールとしてはちみつを使って、そうしたところに気がついてもらうお手伝いができたらいいですね。」

はちみつは蜂と花が作る自然のものであり、人間の考えとして、なるべく手を加えないのが理想と考えているそうだ。目の前にあるものの本当の価値を感じるためには、味わう側の人も、考えや思いを持ち込まずに食べる力も求められる。乱暴に聞こえるかもしれませんが、食べ方が間違っていたらそれは食べていないということなんですと枝次さん。食や環境を守っていくためには、生産者、消費者双方のあり方が問われている。最後に、枝次さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?

「食事ってすごく身近なことですよね。ただ一方で、ものを味わって、その味わっているところの状態がどうなってるかということは、実は知らないんですよね。食事、あるいはその食材、そのときしかしない味をその時にきちんと味わっていけるような自分自身をつくる。はちみつだけではなく、他の食材もそうでしょうけれど、同じように見えても、二度と出会えない味と自分がそこにはあります。そのことの意味をちゃんと深く知っていくのが文化だと思っています。」

枝次さんは、大分県に留まらず、首都圏との関わりも増え始めている。こうした個人個人の食に対する向き合い方を、養蜂を通じて伝えていくのだろう。

 

 

●取材を終えて

前編にお話を伺った原木しいたけのこと、そして今回の養蜂のことも、共通の見え方ができるのではないだろうか。人が適切に木を伐り、原木しいたけという恵みを得ることで、山の維持にも繋がっていく。人が蜂を育て、はちみつを分け与えてもらうことで、生態系の維持にも繋がっていく。人が山に入らなければ山は荒廃していき、蜂が地域からいなくなれば受粉にも影響が出て生態系が変わっていってしまう。一人一人の食の選択は、人と自然の営みに大きな影響を及ぼしている。しかし裏を返せば、その地域で採れたものを選択し食べることで生産者の生活が安定すれば、仕事として農業に携わる人が増えるかもしれない。適切な数の生産者がいれば、地域に人の手が入り、バランスを保ったまま自然は恵みを与え続けてくれる。食の選択を通じて、自分たちにはまだまだできることがあると教えていただいたような時間であった。

 

 

記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。

より詳しくご覧になりたい方はこちらから。

文:鶴巻耕介

写真:岩本順平