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瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.13 福岡 前編(つくる)

かつては、西日本の交易の中心だった瀬戸内。そんな瀬戸内エリアには、新たな食にまつわる活動や動きが生まれつつある。今回の取材では、瀬戸内の各県を巡り、「つくる人」「ひろげる人」という視点から、各地のプレイヤーの取組みを発信し、食文化を発展させていくヒントやきっかけを見つけ、ネットワークを構築していく。

 

今回は福岡県のプレイヤーに会いにいく。徳島県美馬市で建築設計の仕事を営む高橋さん、そして兵庫県神戸市でカメラマンをしている岩本さんと車を走らせる。

 

有機栽培で育てる、雪ふる山のおそぶき茶


前泊した久留米駅周辺から南東にある八女市に向かう。山の中へ入っていくと、川に沿って石垣の畑が見える。1時間と少し走ると、川の音と鳥のさえずりが心地よい、とあるお店に到着した。
「私はこのお店でお茶を販売したり提供したりしています。お茶の農園は、福岡県で一番高い山がある矢部村という場所で、私の曾祖父が最初に始めて、父で三代目です。曾祖父の名前が千代吉っていう名前なので、千代乃園と名付けたそうです。」

一言一言ゆっくりお話される姿と、お店の持つ空気感が一体になる。今回は、茶寮千代乃園の原島春花さんに、つくる人としてお話を伺う。千代乃園の茶畑は、山間部にあり気温が低いことから、新茶の時期が少し遅くなるという。お茶が最初に市場にかけられ、一番値段が高い時期に間に合わないといった厳しい側面があるものの、気温や環境を活かし、お茶では難しいとされている有機栽培に取り組み、JAS認証も取得した。インターネット通販の黎明期から通信販売にも挑戦してみるなど、千代乃園は独自の取り組みを進めていた。そうしたことを、原島さんはあることをきっかけに理解することになる。

「矢部村は人口1000人くらいで、同級生も7人しかいないんですよ。この村を出なきゃって一心で大学へ行き、カナダへワーホリ、そして福岡や京都で働いていました。そんな中、今から6~7年前に、千代乃園のことをデザイナーさんがまとめてくれたものを初めて客観的に見ました。『雪ふる山のおそぶき茶』といったコンセプトや文章を読んだときに、意外といいことをしているんだなって少し興味を持ち始めました。」

そして2019年、お茶を飲める場所を作ろうということになり、原島さんは地元に戻ることを決めた。

 

お茶が育つ同じ環境で、お茶の美味しさに気づいてほしい


茶寮千代乃園は、お茶の入り口を増やしたいということを目的に、お茶が作られている空気や水と同じ環境で、お茶や食事が楽しめる。

「この場所は、お茶が目的じゃなくても、景色のいいところがあるらしいから行こうよって来てもらえる場所なのかなと。とはいえ、私たちはたくさんお茶を飲んでいただく目標があるので、もうメニューの中でもちょっと隙があれば、お茶を飲んでいただいたり料理に入れたり、ちょっと違うお茶を出してみたりしています。」

今回は、取材を終えた後に、『季節の山ごはん』という昼食をいただいた。氷でじっくり抽出したお茶の目の覚めるような爽やかさからはじまり、ここ奥八女地域で伝わる郷土の味をお茶と一緒に楽しませていただいた。そしてお店の中には、千代乃園で作られている多品種のお茶や加工品も販売されている。お茶の美味しさに共感し、帰り際に買っていただける人もたくさんいる一方で、こんな背景にも気付いていく。

「やっぱり農家なので、お茶っ葉で飲むお茶が一番美味しいという気持ちがあって、お茶っ葉を買ってもらうにはという思考が常にありました。でも例えばここに来て、やっとお茶って美味しいと一瞬感じてもらえたのに、茶葉を買ってくださいって感じだとハードルが高すぎるといいますか。お茶が生活の中の一部になるためには、もう少しステップが必要なんじゃないかと思ったんですよね。」

原島さんは、お茶への想いを持ちつつ、客観的に次の一手を探している。例えばコーヒーにのめり込んでいく人が多いのは、どういう背景やステップがあるからなのか。それをお茶にも取り入れられないか。そうした事例も参考にしながら、ティーパック茶をはじめ、水出しのお茶、そしてハーブとブレンドした商品など、もともとお茶を飲まない方が生活にお茶を取り入れやすい方法や、茶葉で飲むまでのステップを模索している。

 

お茶を現代の食文化に変換していき、寄り添いたい

有機JASを取得し、お茶を知ってもらう場所も作りと、一歩一歩着実に広がりを見せている千代乃園。しかし一方で、跡継ぎ問題を考える時期にきているそうだ。今までは、家族と近くに住んでいる親類で農園を保ってきたが、親類も徐々にいなくなっていく。仮に跡継ぎが一人決まったとしても、農園を維持していくのは難しいという。しかしそうした問題に直面しても、ただ諦めるようなことはしない。

「ここ2~3年くらいは、季節労働の方にお茶摘みの時期だけ来てもらっています。あとは、跡継ぎではないのですが、高校の後輩の女の子がいて、ずっと農家になりたいって言ってたんです。東京で就職して結婚したんですけど、旦那さんも一緒に連れてきて農園で働いてくれていて。家族内で完結させるという考え方だと、この先やっていけないと思っています。まだまだ解決策は見えてないんですけど、いろんな方と関わりながらという方向性ではあるんだろうなと思っています。」

他の一次産業と同じく、お茶農家も辞めていく人が多く、耕作放棄地が増えていっているという。そうした中で、茶寮千代乃園のような拠点を持ちながら、原島さんはお茶に関するきっかけや接点を増やし、お茶を作る仲間も集めていく。最後に、原島さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?

「お茶についてですと、お茶って今までも、何かと何か、つまり他のものと一緒に添えられてきたものという気がしています。お食事にも、お菓子にも、何にでも添えることのできる食材なのかなと。そう思うと、生産して、それを売っていく側としては、現代の食文化にもう少しお茶を変換していって、そちらに寄り添うことをもっと考えていかないといけないと思っています。これからもお茶を作り続けていくためにもですね。」

千代乃園のコンセプト『雪ふる山のおそぶき茶』。その言葉が体現するように、じっくりと良質な環境や関係性を整えていることを教えていただいたような気がした。

 

 

 

・おまけコラム「福岡県の郷土料理」

今回の取材は、「各県の郷土料理を食べる」というテーマをいただいている。茶寮千代乃園でいただいた食事がとても素敵で美味しかったので、こちらを郷土調理として紹介させていただいたらよいのではないか。しかし他県では、どちらかというと検索にかかるような代表的なものを食べてきたので、統一感があった方がいいという指示。車の中で激論を交わす。そもそも「県の」郷土料理って幅が広すぎやしませんか?そんな重い空気を切り開き、一人で食べに行った高橋さんのレポートをどうぞ。

ひさしぶりに高橋の出番がやってきました。今回のミッションは、福岡の『博多雑煮』です。全国どこでも食べられているお雑煮ですが、大阪人の僕はもちろん白味噌ベースのお雑煮しか食べたことありません。そして何より、その白味噌のお雑煮が大好きです。さて今回初となる、焼きあご(とびうお)でとった出汁に、焼いたブリをはじめ、かまぼこ、白菜、レンコン、椎茸そして、かつお菜(博多に古くから伝わる野菜で高菜の仲間)が入った具沢山の雑煮はいかほどか!お餅も3つとなんとデラックスな雑煮。――お、お、おいしいー!!出汁の効いたお汁との相性は抜群です。お鍋感覚で食べられるお雑煮もまたよいですね。「ヤズからイナダ、ハマチ、最後にブリ」と大きさによって名前が変わっていく出世魚。このお雑煮は食べた時の幸福感も最高ですが、その後も気分が上がりそうなお雑煮として、ぜひ福岡に行かれた方は食べていただきたい一品です。

 

後編に続く。

 

 

記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。

より詳しくご覧になりたい方はこちらから。

文:鶴巻耕介

写真:岩本順平