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瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.14 福岡 後編(ひろげる)

瀬戸内各県で生まれ始めている、新たな食にまつわる活動や動きを展開している方々を訪ねていくレポート。今回は福岡県の後編です。

 

(前編はこちら

 

福岡のカフェブームを追い風に、グラフィックデザイナーとして独立


八女市から北へ車を走らせること1時間半。この取材では珍しく、人で溢れている場所に辿り着く。集合したのは、かの有名な太宰府天満宮だ。

「2019年から太宰府天満宮の意匠課に加わり、神社内のデザインのサポートをはじめ、記録や広報用の写真撮影などを行っています。発注されてから動くのではなく、クライアントと定期的にミーティングをおこない、必要に応じて制作物をつくるというやり方が多分いいんだろうなぁと思っています。」

とても穏やかな話口調が印象的なのは、福岡に拠点を構えるグラフィックデザイナーの三迫太郎さん。今回はひろげる人としてお話を伺う。三迫さんは北九州市の出身で、地元の高専を卒業してエンジニアに。しかし働く中で、表現をすることに関心が向き、デザイン事務所など3社を経験した後に独立した。当時、福岡にはカフェブームが起こり、カフェで演劇や音楽ライブ、映画の上映会が行われるような機会も多く、店頭に並ぶフライヤーなどに刺激を受けたという。そこから美術館やギャラリーを中心に、アート関係のグラフィックデザインを数多く手がけていた三迫さんに、ある声がかかる。

「今から10年ほど前でしょうか。九州ちくご元気計画というプロジェクトに声をかけていただきました。生産者さんたちと、デザイナーやフードコーディネーター、コピーライターといったクリエイターを結びつけて、新たな雇用を生み出すことを目的としたプロジェクトです。私も、いくつかの農家さんや酒蔵さんと関わることになりました。」

 

生産者の視点と、デザイナーの視点を掛け合わせる


この記事を書いている私自身も神戸で兼業農家をしているが、農家や生産者にとって、デザインに関する相談をするのはハードルが高く、そもそも機会自体が少ない。ただそれは、デザイナー側にも同じような側面があるようだ。

「アートの仕事は、公共の美術館からの依頼がメインだったので、ポスターやチラシ、チケットなど、つくるものもある程度決まっています。その枠組みの中に、自分の表現を持ち込むというイメージが近いかもしれません。一方で、生産者さんとの仕事の場合、そもそも何をつくるべきかっていうところから考えていくのは、これまでの仕事との大きな違いでした。」

三迫さんは、九州ちくご元気計画で、前編に登場したお茶農家の千代乃園に出会うことになる。クリエイターたちと生産者で研究会という形をつくり、毎月のミーティングをおこなう機会が設けられたそうだ。その過程で「雪ふる山のおそぶき茶」というコンセプトが生まれ、そのコンセプトを知ってもらうために、ロゴや印刷物をつくっていく――という流れが生まれていった。三迫さん自身も、現代の家に置くならば、お茶缶よりもアルミのスタンドバックの方がいいのではと、自宅に置いて様子を確かめながら試行錯誤を繰り返した。

「千代乃園さんは元々DMでお茶を通販していたけど、通販用のサイトも低予算で作れる方法があるからやってみましょうとか、少しずつやっていきました。自分が見えている視野と、生産者さんが見ている視野は違ったりするので、外部の視点を持ちこむことで新しい何かが生まれるきっかけにしたいですね。また、自分のコミュニティから人を紹介したりして、繋がりが広がっていくのも楽しさです。」

今回巡っている取材で一つのキーとなっている、多様な関係性。デザイナーにただ制作を依頼するのではなく、その出会いを通じて、生産者とクリエイターがそれぞれ持つコミュニティも繋がっていき、新しい変化が生まれていく。

 

食は、表現の総体を受け取ること


三迫さんは、最近食に関する仕事が増えているという。食に限らず、デザイナーとして意識していることはあるのだろうか。

「自分自身があまり装飾的なデザインが好きじゃないっていうのもあるんですけど、なるべく何もしないといいますか。おにぎりに塩を付けたら美味しい、でもそれってお米と水がいいからですよね、という感じになるのがいいかなと思ってやっているようなところがあります。」

三迫さんは、自分が何かを支援する、自分がやりたいことを表現するという感覚ではなく、常に相手と同じ目線で、自分と生産者が出会う事による化学反応で生まれるものを楽しみたいという感覚を持っているのではないか。業種を絞らず、いろんな人と知り合っていく三迫さんのような人が、食の分野にも新しい感覚を持ち込んでくれるのかもしれない。最後に、三迫さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?

「最近少し思ったのが、自分が好きなお店に行ったりすると、料理をただ出してるだけではないことに気づくといいますか。料理自体もそうだし、その店の設え、グラフィック、そしてウェブやSNSを通じて発信される写真――。そうした表現の総体みたいなものを自分が受け取っていると感じていて。美味しいか美味しくないかではなくて、美意識みたいな話になってくるのですが、食にまつわる状況がすごく変わってきてるんだろうなと。東京一極集中じゃなくて、SNSやウェブなどを通じて、離れたところにいるこの人が一番好きって思えるものが、いろんなところに点在してきているような気がしますね。」

三迫さんは、Twitterで流れてくるような、レンジでできるレシピのようなものも楽しんでいるんですよと笑う。美しい物や週末にあるものだけではなく、平日や家の中で楽しむテクニックがシェアされているようなことも同時に存在しうること。そうしたバランス感覚も大切にしながら食文化を見ていく必要があると教えていただいたような気がした。

 

 

・取材を終えて

今回の福岡県は、繋がりの深いつくる人とひろげる人のお話を聞かせてもらうことになった。当たり前のようではあるが、食べ物を提供してあげているわけでもなければ、デザインを提供してあげているわけでもない。どちらが上とか下ということではなく、相互に影響し合っている。それぞれの持ち場で日々懸命に磨いていることが、ふとしたタイミングで出会い、新しい価値や広がりを生み出していく。今回は県内での出会いであったが、瀬戸内というエリアで重なっていく機会が生まれれば、もっと様々な業種や人の結びつきが起き、新しい経済や文化が生まれていくのかもしれない。私自身も、自分にできることを磨き続け、新しい関係性に出会っていきたいと思った。

 

 

記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。

より詳しくご覧になりたい方はこちらから。

文:鶴巻耕介

写真:岩本順平