瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.15 山口 前編(ひろげる)
かつては、西日本の交易の中心だった瀬戸内。そんな瀬戸内エリアには、新たな食にまつわる活動や動きが生まれつつある。今回の取材では、瀬戸内の各県を巡り、「つくる人」「ひろげる人」という視点から、各地のプレイヤーの取組みを発信し、食文化を発展させていくヒントやきっかけを見つけ、ネットワークを構築していく。
今回は山口県のプレイヤーに会いにいく。徳島県美馬市で建築設計の仕事を営む高橋さん、そして兵庫県神戸市でカメラマンをしている岩本さんと車を走らせ、前泊した下関から東へ向かう。
山口のよさは、食の選択肢が多いこと
到着したのは、山口市大殿というエリア。城跡の周りに並ぶ、今なお残る城下町のような景色が美しい。
「ここのすぐ近くに、幼い頃から中学校を卒業するまで住んでいました。昔はここに八百屋さんや魚屋さん、時計屋さんも入っていました。クリーニング屋さんも、アイロンをかける姿がまだ見えているような感じで、すごい変わったなって思います。」
その当時のお話をゆっくり語りかけてくれるのは、maru旅遊社の丸本華代さんだ。今回はひろげる人としてお話を伺う。丸本さんは生粋の山口県人で、大学も山口、そして就職も山口市役所。下水道のことから戸籍のこと、そして高齢者福祉のことと、目まぐるしく部署が変わっていった。文化政策や文化財保護に携わったときには、地域で活動するプレイヤーとの関わりも増えていき、丸本さん自身も影響を受けていく。
「郷土愛が強い方ではなかったかもしれませんが、やっぱり山口市の職員になって、山口がどうしたらもっと良くなるかなぁっていうことはすごい考えるようになりました。私が思うのは、山口県の良さってとにかく食の選択肢が多いことなんです。三方海に囲まれていますし、瀬戸内の温暖な気候から、中山間地域の寒さの厳しい気候もあります。魚も野菜も果物も本当に種類が豊かで、そうしたことをもっとPRしていってもいいんじゃないかなって思っていました。」
そしてもう一つ、丸本さんを形作るのが旅行だ。何とか休みを見つけては、近場の東アジアや東南アジアを中心に旅行を繰り返した。旅行といえば食で、その土地でずっと食べ続けられているものが一番美味しいと感じていたそうだ。そうした体験をしていく中で、では山口はどうなんだろうという目線で思いを巡らせていた。
地元の私がつくる、地域のための着地型旅行
そうして勤続20年、丸本さんは山口市役所を退職することになる。そこにはどんな覚悟があったのだろうか。
「みなさんそうやって言うのですが(笑)、私の中では結構自然な感じで――。区切りとして、20年を自分の定年にしようと思っていました。旅行会社を立ち上げたのも、だんだんそうなっていったといいますか。山口市は、合併してかなり巨大になっているんですけど、特に北部の山間地域や、南部の海沿いの地域の人口減少がすごいんですよ。自然も、やっぱり人の手が加わってこその自然というか、そうした場所をなくしたくないと思ったときに、私は旅行という手段で外から人に来てもらいたいと思ったんです。」
丸本さんは、観光に関するイベントに携わったりしながら、旅行業の開業準備を進めてきた。通常、旅行業というのは、許可を得るのに高額の資金を必要とするため、個人で旅行業を営むのは難しいという。そうした背景の中、丸本さんが選んだのは『地域限定旅行業』だ。
「例えば山口から京都に旅行しようとすると、昔からある旅行は、山口の方で京都ツアーをつくって売るんです。私が行うのは、着地型旅行と呼ばれるもので、目的地の方でつくっているツアーのことを指します。対象エリアは、営業所がある市町村プラス、隣接しているところだけに限定されるのですが、低予算でも始められる旅行業なんです。今からはそういう旅行が地域のためになるのではないかと思っています。」
地元に来てもらって、そこで生まれた利益もその土地に還元されていく。山口を好きになってくれる人が増えていくように、丸本さんは歩みを始めた。
地域の文化が失われることは、日本の文化が失われること
今後、どのような旅行が展開されていくのだろうか。
「立ち上げ時点でやろうとしているのが、パッケージ旅行を3つと、依頼をいただいてからつくっていく形の二本立てでやろうと思っています。例えば1泊2日で、山口市の東の山間部にある徳地地域に行きます。蛍がとてもきれいなので、それを見てほしいなぁと。加えて、徳地地域は和紙の生産が盛んだったので、それを伝えていこうとしてる方々と和紙を染めるワークショップをして、ホタルの乱舞を見るっていうツアーなどを予定しています。食事もすごく大事で、その土地のものを食べてほしいので、地元に根ざした個人でされているような場所を選ぶように考えています。」
各ツアーの紹介をしてくれる、丸本さんの楽しそうな表情が印象的だ。こうして地元のことをよく知る人が繋いでいく旅行は、きっと思い出深いものになるだろう。また丸本さんは、それぞれの場所で頑張っている人たちを繋ぎたいと話す。過疎地域の交通問題は全国的な課題であり、旅行者が自分でその場所まで訪れるのはハードルが高い。インバウンドも見据え、ツアーを通してその場所まで案内し、それぞれに頑張っている地域や人を、線で繋いでいく。それは旅行業だからこそできることですよねと話す丸本さん。最後に、丸本さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?
「その土地で育まれてきた文化や自然、風土みたいなことと食ってすごく直結しているし、切り離すことができないことだと思っています。地域が失われるということは、日本の文化が失われることと言いますか。そこにしかない歴史や文化の中にある食って、日本の宝というか、そのものです。そこに住む人だけではどうしようもなくなってきていて、やっぱり来てもらうっていうことをしていきたいです。来てもらう形は必ずしも旅行だけではないですが、地域の魅力を感じて、移住まではいかなくても、どんどん関わる人が増えたらいいなと思います。」
街の小さな旅行屋さんが、地域や人を丁寧に繋いでいく。そうした先に、新しい関係性や関わり方が生まれていくのかもしれないと感じた。
・おまけコラム「山口県の郷土料理」
今回の取材は、「各県の郷土料理を食べる」というテーマをいただいている。今回は、取材の前半に訪れた県を彷彿とさせる麺類、瓦そばだ。
調べたところによると、明治時代の野戦の合間に、瓦で肉や野菜を焼いていたことに由来するという。かつての知恵が、今こうして広く食べられている料理になっている。目の前に運ばれてきた瓦そばは、食欲をそそる非常にいい音がする。まずは上の方をすくい、茶そばを麺つゆにくぐらせて食べる。……うまい。麺ってどうしてこんなに美味しいのでしょうか。ただの主観的な食レポになってしまい申し訳ありませんん。その後、紅葉おろしや錦糸卵、肉を絡めながら味の変化を楽しんでいく。最後に瓦の上でパリパリになった茶そばの食感を楽しみながら終える。瓦は1枚が大きいので、2人で一緒に食べるようなスタイルになっている。分け合って食べる姿は、まさに仲間との貴重な心の交流の時間だ。岩本カメラマン、熱々を食べたいから早く写真を撮れ。そんなことを心の中で思っていてごめんなさい。分け合って食べて、僕たちはまた仲間感が増しましたね。
後編に続く。
記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。
より詳しくご覧になりたい方はこちらから。
文:鶴巻耕介
写真:岩本順平