瀬戸内の食文化をめぐるレポート vol.16 山口 後編(つくる)
瀬戸内各県で生まれ始めている、新たな食にまつわる活動や動きを展開している方々を訪ねていくレポート。今回は山口県の後編です。
(前編はこちら)
移住ってしていいんだ、人生のステージって変えてみていいんだ
丸本さんの取材を終え、同じ山口市内の次の集合場所へ…といっても、やはり山口市は広い。南に40分ほど車を走らせ秋穂二島という地区へ。ここ数日急激に気温が上がり雨も降ったため、広大な麦畑が一斉に背を伸ばしている様子が目に入る。
「新たな拠点として、2週間前にここに移り住んで来ました。2019年から山口市の地域おこし協力隊として着任し、ちょうど先月卒業したところです。この家は50年ものなんですけど、結構快適に暮らしています。今後、移住者のサポートとして、仕事と家ぐらいはなんとかできないかと考えています。」
家の整理も大変な時に快く応じてくださったのが、kizuku_projectの中岡佑輔さんだ。今回は、鹿や猪といったテーマのつくる人としてお話を伺う。中岡さんは神戸市の出身で、父親の仕事の都合で各地を転々とし、その中には山口県も含まれていたという。その後、生活の拠点は神戸となったが、30歳の頃に大病を患ったことで中岡さんの人生は大きく動いていく。
「闘病生活を終え、自分が一段落上にいくステップとして、レザーに関する仕事に転職しました。そこで5~6年働いていたんですけど、ふとしたときに後輩が和歌山に移住することになって。彼には、じいちゃんのそばに住みたいっていう強い想いがあって、それを聞かされたときに、ああ移住ってしていいんだ、人生のステージって変えてみていいんだって。そこから移住フェアなどに行って、かつて住んだ記憶になんとなく惹かれて、最終的に神戸からのアクセスも良い山口に決めました。」
ジビエ料理、皮の活用――。課題の大きさに直面する
当時、山口市に入る地域おこし協力隊のミッションは、ニューツーリズム、つまり観光交流だった。中岡さんは様々な人に出会い、山口市を知ることから始め、自分のできることを模索した。
「山口市は、西から鹿、東から猪が来るような独特なエリアで、農家さんから獣害のお困りごとをよく聞きました。特に、鹿の方が二重三重に被害が多いと言われています。一方で、私はレザーの業界にいましたから、鹿の革って希少性も高くて汎用性もあるので、商材としてはもってこいなんですよね。ちょっとやってみようかと。」
食肉解体所のみなさんの協力もあり、鹿の皮を入手することができた。しかし、山から引きずり降ろしてきたものは、傷や穴があり、虫食いの跡も残る。そしてそこからなめし加工ができる業者に依頼し、ようやく皮が商材としての革となって戻ってくる。そしてそれをレザー商品として縫製する――。生地の安定性、規模感、そしてコスト、一般流通させるにはあまりにも多くの問題があることに直面する。そうして、中岡さんが次に取り組んだのは、食べることだ。
「皮の活用を考えていると、肉が取れて、その肉が流通して、余った皮を私が活用するから意義があると常々思っていました。山口に来て初めて鹿肉や猪肉を食べたんですけど、なんで食べないのと思うくらいめちゃくちゃうまい。ただ、おそらく価格が高いし、調理方法も分からないという中で、自分なりの伝え方としてキッチンカーでカレーを提供してみることにしました。」
まずは情報発信、地域課題の情報提供ですと話す中岡さん。革を使ったワークショップや、キッチンカーを通じて鹿肉や猪肉に触れてもらうことで、自分の気づきを周りに共有していく地道な活動を進めている。
食すことまで考えて、はじめて獲っていいのではないか
中岡さんは猟師の免許も取得し、山に入る。
「キッチンカーで出す食材は自分で山に入って獲りたいということで、少しだけやっています。やっぱり言葉で言い表せないことが多いです。例えば、場合によっては親子で箱罠に入るときがあるんですけど、子どもの方は自分では刺せなくて――。親はというと、子を守ろうと必死なので、最後の最後まで抵抗してきます。自分ですっと刺した時、最後に猪が一声あげるのですが、声や音はやっぱり残りますね。ずっとここに声があるような感じはあります。命をいただく作業なんて、何回やっても慣れません。」
害獣対策は、獲るだけで終わりではなく、食すことまで考えてはじめて獲っていいのではないかと話す中岡さん。例えばカレーをつくる時、10回に1回でも鹿肉や猪肉を使ってもらえたら、肉は売れるものになり流通も変わる。そして活用されることがやりがいや仕事になり、猟師が増えるかもしれない。そうした意識の変化から上がっていくことが解決の一つの道筋だと信じ、中岡さんは活動を続ける。最後に、中岡さんは『食文化』という言葉をどう捉えますか?
「自分には、鹿肉や猪肉を流通させようと思ったことと、自分で食べるものは自分で作ってみようという行為があります。コロナ禍になったこともあり、改めて自分と対峙することができたきっかけでした。食文化、文化と言えるかは分からないですけど、自分の食生活の意識づけというのはそのタイミングであったかもしれないですね。あとは、山口に来て料理人とお話するきっかけが増え、そうした機会が面白くて。生産者も含め、真剣に食べ物のことを考えている人に出会っていくことも大切だと思います。」
イベントで人を繋ぎ、楽しい、美味しいことを存分に感じてもらいながら、地域にある課題にも触れてもらう。そうした中で仲間や関係性が広がっていき、さらには移住者も増えていくのかもしれない。地域おこし協力隊を終え、これから新しく始まる中岡さんの活動に注目したい。
・取材を終えて
獣害、そして前編にもあった人口減少による地域の消滅危機――。どれも、一人で立ち向かえるようなものではない。しかし過疎地域には、都市部で生活する人々が渇望するような自然豊かな景色や、心温まる食がある。田畑を荒らす鹿や猪も、その命をきちんといただくことができれば、とても美味しい食材となる。経済、流通、交通、人手と問題を挙げればキリがないが、そうした課題が存在していることをまずは知ってもらうこと。そして、それは少しでも活用する道筋ができれば、多くの人の豊かさに繋がるということ。「課題を解決しなければいけないのだ!」と声高に叫ぶのではなく、その先にある楽しさや日々にないものを埋めることができることを見せていく。一人では立ち向かえないが、一人でも歩み出さなければ物事は進まない。イベント、旅行、そうしたきっかけから、地域の未来を考える仲間が増えていく姿が見えたような気がした。
記事では書ききれなかったことなど、取材時の様子を動画で公開しています。
より詳しくご覧になりたい方はこちらから。
文:鶴巻耕介
写真:岩本順平