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「食都神戸」体験ツアーレポート by 檀上遼

12月某日、食都神戸プログラムの一環として、神戸の生産現場を1日でぐるっと見てまわる体験ツアーが開催されました。須磨在住ながらも一次産業にはとんと縁がないという文筆家の檀上遼さんにツアーに同行いただきました。


 

みなとまち神戸の別の顔

文・写真/檀上遼

兵庫県の海苔の生産量は全国第二位である――。
そう聞いて「うんうん、そうやな」と素直にうなずける神戸っ子は果たして一体どれくらいいるだろう。
むしろ「えっ、そうなんや?!」というのが、大半の神戸っ子の正直なリアクションではないだろうか。わたしは全然知りませんでした。

この日わたしは神戸の農水産業を体験するツアーに参加する機会に恵まれた。
「神戸市は大都市でありながら山と海に囲まれており、北区・西区の農村地域や、南部に広がる瀬戸内海などで豊かな農水産物が生産されています」
当日配布された資料にはそう書いてあった。
知っているようで知らない神戸市の一次産業。
神戸市出身ではあるものの、農水産業とは縁もゆかりもない筆者が一生活者の視点から感じたことを綴りたい。

朝10時に須磨海岸に集合した一行がまず最初に向かったのはすまうら水産海苔工場。
須磨海岸に遊びに来たことはあっても、砂浜を離れ西に少し歩いたところに海苔工場があるのを知っているのは、ひょっとしたら地元民や釣り人くらいかもしれない。
「どうやらノリを作っているらしい…」
実はわたしは須磨在住で、この海苔工場の存在も昔から認識はしていたのだが、外からは中の様子をうかがえないこともあり、それ以上のことは謎に包まれていた。

すまうら水産の若林良さんから簡単な説明を受けた後、ノリの収穫の現場を見学するためにさっそく船で沖合まで出ることに。数年前の台風被害のあと長らく休園状態が続いている須磨海釣り公園を横目に沖へと進んでいくと、ブイに囲われた明らかにそれまでとは雰囲気が異なるエリアが見えてきた。海苔網が設置されている影響で、なんだかまるでその一帯だけ透明なフィルムを上から被せたように海面の模様が周囲とは異なっている。

後ろに見えているのは明石海峡大橋と淡路島

「もぐり船(せん)」と呼ばれる船が、海面上に敷き詰められたノリ網の下に潜りこみながら、網をグイッと持ち上げるようにして、次々とノリを刈り取っていく。ノリの収穫がこんなダイナミックな方法で行われているとはまったく想像していなかったため思わず見入ってしまう。

網にからみついている黒いものが生海苔

 

陸(おか)へと戻り、工場内で一通りノリの製造工程を見学したあと、出来たばかりの焼き海苔と味付け海苔を試食させてもらった。どちらも磯の香りが強く、味が濃い。最初は、ついさっき収穫の現場を見学したばかりだから、テンションが上ってそう感じているだけなんじゃないか……とも思ったのだが、なんど噛み締めてみてもやはり美味しい。
なんでも我々が訪れた12月の中旬に収穫されたノリは「一番摘み」と呼ばれ、年間でも数%しか生産できない高級海苔なのだそう。ノリは成長してどんどん太く長くなっていくため、そのシーズンのいちばん最初に収穫するものが、もっとも目が細かく美味しいのだという。
表現が適切かどうかわからないけれど、沖合で収穫したあのドロドロとした生ノリが、最終的にはまるで印刷物のような美しい真っ黒のシート状の海苔に加工されて、次々と機械から飛び出してくる光景は圧巻だった。
すまうら水産ではときどき工場見学も実施しているそうです。

続いて北区は淡河町にある淡河宿本陣跡へ。
移動中、車窓から景色を眺めていると、北区に入ったあたりから建物がまばらになりはじめ、冬めいた山景色や田園風景が増えてくる。「淡河」を「おうご」と読むことぐらいは知っていたものの、実際に訪れるのは初めてだった。
町全体がほぼ農村地域だという淡河町に淡河宿本陣跡がオープンしたのは2017年。もともと「本陣」とは江戸時代の宿場町において大名のために設置された大旅館のことを指すが、60年以上空き家として放置されほとんど廃墟のようになっていたその本陣を、地元の有志の方々が2年近くかけて改修をかさねリニューアル。現在ではカフェ運営やイベント開催など、地域の重要なコミュニティスペースとして活用されている。

竹細工に励む地元の方々

 

座敷に上がらせてもらい淡河の米農家の北野孝二さんからお米についてのレクチャーを受ける。
「羽釜で炊いたお米はちゃんと別にご用意してあるんですけどね」と前置きしながらも、北野さんがその場でデモンストレーションしてくれたのは、カセットコンロとフライパンでお米を炊く方法。ガラス蓋を使うことで、お米の炊ける過程をリアルタイムで観察できるし、3合くらいならじゅうぶん美味しく炊けるそう。

他にも美味しいお米を炊くコツとして、計量カップではなく、必ずちゃんと計りをつかって、お米や水の量をシビアにグラム単位で計ったほうがいいとのアドバイスも。
「お米の真価は冷えたおにぎりになっても美味しいかどうかでわかります」というお話を聞き、米農家さんはそういった視点でお米作りをしているのだなとうならされた。

ようやくここでお待ちかねのランチタイム。
しらす丼、須磨海苔とメンマの佃煮、北区の特産品である「ちぢみホウレンソウ」の大豆コロッケやお味噌汁、そして炊きたての淡河のお米。
一見シンプルなようでいて、地元神戸の山と海の幸がふんだんに入ったスペシャルランチ。当たり前の話だけれど、さきほどの海苔といい、素材が良いと凝った料理でなくてもしみじみと美味しい。

座敷でこたつに入りながら、中庭で竹細工に励む方々をぼんやりと眺めていると、なんだかここだけ違う時間が流れているような感覚になった。
神戸といえば「異国情緒あふれる港町」といったイメージがどうしても思い浮かぶけれど、都心部からすこし足を伸ばせばこのような懐かしい農村部の風景に出会うことができる。今はなき風情が感じられるということで、なんと最近では映画『るろうに剣心』のロケ地としても使われたそうだ。
おそらく実際にはそんな単なるノスタルジックな気持ちだけではやり過ごせないような、高齢化や過疎化などの現実的な問題もこの町はかかえているのだろう。それでも、ここ淡河宿本陣跡から地域の魅力を発信することで、淡河に新たな流れを生み出そうとする、地元の方々の力強さに触れることができた気がした。

つぎに向かったのが、同じく淡河町にあるいちご農家の片山農園。
「ミツバチが飛んでますけどなにもしなかったら悪さはしないんで」片山農園の片山美奈子さんからそう促され、ビニールハウスに入ってみるとほんのり暖かい。
ここでは酸味の少ない「あきひめ」を中心に4種類ほどの品種を栽培している。
正直「神戸のいちご」と聞いても、最初はあまりピンとこなかったのだけれど、神戸の象徴ともいえる洋菓子とともに、神戸のいちごは発展してきたと知って合点がいった。たしかに神戸ではスイーツとしていちごを目にする機会は決して少なくない。
北区で盛んにいちごが作られている理由はその気候と関係がある。片山さんによると、いちごは寒暖差が大きいほど糖分が増すため、夜間の気温が他の区よりもぐっと下がる北区の気候といちごの栽培は相性がいいそうだ。
あきひめは果肉が柔らかく輸送には向かないため、基本的には道の駅など直売所での販売がメイン。スーパーにはほとんど出回らないこともあり、道の駅に朝10時に並べてもすぐに売り切れてしまうらしい。
ありがたいことにこのあきひめを一パックいただいたのだけれど、食べてみると驚くくらい甘みが強く、酸味やえぐみが全然ない。
「これが上等ないちごか…!」
と思わず言葉を失ってしまったくらいで、なんだかとても贅沢をしているようなリッチな気分を味わえた。

そして本日最後の目的地、西区は玉津町のナチュラリズムファームへ。
須磨区の海の近くで育ったわたしは北区のこともたいがい知らなかったが、西区に関しても同様で、こんなことをいったら怒られるかもしれないが、西区といえば「西神ニュータウン」というイメージくらいしかなかった。
けれども有機農業を玉津町で営むナチュラリズムファームの大皿一寿さんによると、もともと西区は広大な農村地帯であり、神戸の中心部へのアクセスの良さを活かした都市型近郊農業が盛んなのだという。
ここでは主にナチュラリズムファームが長年取り組んでいる「CSA(地域支援型農業)」という新たな農業の仕組みについてのお話をうかがった。CSAとはコミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャーの略で、欧米を中心に広がりつつある消費者と生産者が連携して相互に支え合う仕組みのことだ。
消費者が農家と直接契約し、「野菜の作付費用」として数カ月分の野菜代金を先払いする。農家はそれを種・苗の購入や設備投資に充てることで、持続的な経営や、市場価格に左右されない安定した収入を得ることが可能になる。消費者もまた顔の見える生産者から、定期的に安心安全な旬のオーガニックの野菜を手に入れることができる。
ながながと説明が続いてしまったが、要は消費者も生産者もどちらもハッピーになることを目指す新たな農業のサブスクリプションサービスのようなもの、といったらいくらか伝わりやすいかもしれない。
コロナ禍の現在、健康意識への高まりから欧米ではCSAが急速に普及しつつあるそうだ。だが、日本では消費者のCSAへのニーズは確実に増しているものの、生産者にとってはいまだにハードルが高いと思われているのが現状らしい。
CSAのいいところは、生産者と消費者の顔がお互いに見えること。同じ商品をスーパーに卸した場合、小さな虫食いひとつでもクレームが飛んでくることもあるけれど、有機農業を理解してくれているCSAの会員さんからは、そのような目くじらを立てられたことは一度もないという。台風でハウスが損壊したときには会員さんたちが修理の手伝いにきてくれたこともある。
「生産者がただ作って出荷するだけではない」農業の可能性。大皿さんは、このCSAを日本でももっと普及するために、これまでに培ってきたノウハウをオープンソース化してどんどんシェアしていきたいと考えている。

これまでわたしは「ニュータウン」というイメージから、西区に対してどちらかといえば「無機質で均質的な土地柄」という印象を持っていた。けれどもそれはただのわたしの偏見で、実際には大皿さんたちのような活動をしている農家の方々が西区には数多くいるということを知った。

ヤギもいます

 

遠目には西神ニュータウンの住宅地が見えた

神戸っ子にとって「山側」といったら北のことで、「海側」といったら南のことを指す。そんな方向感覚が神戸市民にはデフォルトでインストールされている。
山と海に囲まれた都市、神戸。
けれども、その山側と海側で営まれている農業や水産業のことはほとんど知らなかったな。
ツアー解散後、三宮の街を歩きながらそんなことを考えた。今日一日で神戸の一次産業のすべてを理解したとは到底いえないけれど、昨日よりはずっとじぶんごととしてとらえられるようになった気がする。
とりあえず明日は淡河の米を炊いて、須磨の海苔を巻いておにぎりを作ってみようと思った。


檀上遼

兵庫県神戸市生まれ。須磨区在住。関西を基盤としながら、写真と文筆業を中心に活動中。本もときどき作っています。著書に台湾滞在記『馬馬虎虎 vol.1 気づけば台湾』『馬馬虎虎 vol.2 タイ・ラオス紀行』、台湾旅行記『声はどこから』。