変わりつつある神戸の農業のカタチ by 新保奈穂美(都市型農園研究者)
2023年3月17日、神戸市西区の農家さんたちを訪ねた。
まずは有機農業を行い、CSA(community supported agriculture/地域支援型農業)*1に取り組むグループ「ビオクリエイターズ」の親方、ナチュラリズムファームの大皿さんご夫婦のもとへ。たくさんの定番野菜のほか、神戸産ビールのための大麦づくりなどにも取り組まれている。
畑で精を出す若者たちに挨拶する大皿一寿さん。彼らは「神戸ネクストファーマー制度」を使い農家になるべく研修を受けている人たちだそうだ。
この制度は、従来は1年間研修に専念しなければ就農できなかったところ、規制緩和のために令和3年8月につくられたもので、働きながらでも合計100時間の研修を終えたら小規模な農地を借りられるようになったのだという。
一世一代の大決心でないと飛び込めなかった農業の世界へのハードルが下がった。
こんな制度があるとは!
そんな革新的な制度に、大皿さんはベテランの農業者として、「それでは農業ではない!」と保守的に言うのではなく、むしろ積極的に農家になりたい人たちを受け入れて指導し、応援している。なんて素敵なのだろうと思った。まさに頼れる親方である。
次は、つい最近農地を借りて耕し始めたというクリスさんの「C-farm」へ。
昔ながらの家屋が並ぶ農村地区にある。近くで営んでいるカフェレストラン*2でおいしいランチをいただいてからの畑訪問である。西区づくしの農家さんの野菜をふんだんに使ったプレートランチをいただく。おしゃれな空間で地のものを食べる時間は格別である。
ランチを完食して畑へ。
ほかの人たちの畑が連なっているなかに、クリスさんの畑があった。そしてご案内いただいた畑には赤玉ねぎや早生玉ねぎが植わっていた。雑草も共存していてちょっとワイルドだったがそれがむしろ美しく見えた。農地を貸してもらえたのは、もともと四国独立リーグの野球選手として活躍していたクリスさんの野球仲間とのご縁だそうである。
クリスさんは就農するときに、農家に若い人はいないから勝てそうだとも思ったらしい。カフェの周辺にもお店があまりないため、来てくれる人は2、3時間でもいるそうである。野球で培われた競う精神・センスが活かされている。外から来た「よそ者」へどうしても向けられてしまう目線にも辛抱強く耐え、信頼を得ていっている姿にもスポーツマンの心を見た。
おもしろかったのが、ヴィッセル神戸の酒井高徳選手とその弟でご自身もサッカー選手であった高聖さんが東灘で開いたカフェから依頼を受けてビーツを栽培されようとしていたり、三宮の飲食店からの依頼でつくれるだけつくるというバジルの栽培が計画されていたりしたことである。後者の件に関しては、農家に頼みたくても、ネット検索で情報がなかなか出てこず、見つかったクリスさんのところに(当時まだ就農していなかったのに)依頼がきたそうだ。6人のシェフが来て、負担のないように育ててほしいと紳士的にお願いがあったのだという。
環境によい、特別に自分たちの料理にほしいものをつくってほしいという需要があるのだ。農家出身でないからこその人脈を活かし(クリスさんの場合はスポーツ)、いまどきのテクノロジー、インターネットも使いながら、あたらしいつながりから広がる農業の可能性を感じたひとときであった。
C-farmをあとにして、最後の目的地、ずっと一緒に同行してくださっていた「なちゅらすふぁーむ」の石野武*3さんの畑へ。石野さんも「ビオクリエイターズ」の一員である。
6反という広い畑をひとりで耕す石野さん。奥様との出会いをきっかけに農業に興味を持ち、新婚旅行でニュージーランドにファームステイへ。その後、本格的に日本で就農された。20代後半のときだったので、何かあったとしてもまだやり直しも効くだろうと農業への道を志したそうだ。いまは特に大きな問題もなく、十分にやっていけると感じているらしい。
農地選びに際しては、その集落のコミュニティがどういったところなのかも判断基準になったという。どんな集まりや地域活動があるのか、ずっと暮らしていくことになるので、そういったことも新規就農にあたっては大事らしい。借りられる農地を探すだけでも大変だけれども、集落事情も調べるとなると新規就農にはまだまだ大変なところも残っているなと思った。
それでも多くの人がためらってしまうような決断をかろやかにして、既存のコミュニティにも入っていき、うまくやっていく姿は実にしなやかだった。
CSAでは4軒の農家が協力してそれぞれの得意分野やお互いの状況を見ながら、お客さんに届ける野菜を選んでいるそうである。西区のなかでお互いに日々の様子が見やすい距離にあるからやりやすいようだ。農家と消費者が助け合うだけでなく、農家と農家も助け合うつながりができているのもコンパクトな神戸ならではだろう。
今回訪問させていただいたどの農家さんもゆるやかに、これからの農業をつくっていっているように感じた。伝統を受け継ぎながらもあたらしきを受け入れる、神戸ならではの柔軟さは農業にもいえることなのかもしれない。
神戸の農業のカタチが変わりつつある。
新保奈穂美 兵庫県立大学大学院 講師、淡路景観園芸学校 景観園芸専門員。東京大学で学部、修士、博士課程まで修了。2016年より2021年3月まで筑波大学生命環境系助教。ウィーン工科大学への留学、ニュージーランドのリンカーン大学での研究滞在など、海外でも数多くの都市型農園をリサーチしている。
*1 やってみてます、CSA https://kobeurbanfarming.jp/news/189/
*2 C-farm Cafe https://kobeurbanfarming.jp/news/2069/
*3 石野武 https://kobeurbanfarming.jp/farmers/301/